「卑弥呼の墓と立岩の王墓」
- momosaran
- 2017年5月21日
- 読了時間: 2分
「発掘(ほる)ばい❤ 九州古代ヘリテージ」。
これは遠賀川古代史事業のキャッチコピーです。
遠賀川流域には筑豊炭田が広がり、かつては日本一の産炭量を誇りました。
一方、古代史的にみれば立岩遺跡をはじめとする多くの遺跡があります。
炭坑のイメージから脱して、古代史で筑豊を盛りあげていこうと企画された事業は
今年で3年目。
今年度は、隔月開催の連続講座( 4回のフォーラムと5回の講演会 )
「イイヅカ発 古代史情報最前線
古代から未来のトビラを拓く -遠賀川の古代文化と邪馬台国-」
がドーンと開催されます♪
今日はその第1弾。
第1回フォーラム「卑弥呼の墓と立岩の王墓」と題して
邪馬台国畿内説の白石太一郎さん(大阪府立近つ飛鳥博物館館長)と
九州説をとる原秀三郎さん(静岡大学名誉教授)の講演から始まりました。
静かな語り口の白石先生と、80代とは思えないほど元気なお声の原先生。
1時間ずつのご講演のあと、高島忠平さん(佐賀女子短期大学名誉教授)を
コーディネーターとして熱い討論が交わされました。
討論の進行をつとめた西村隆幸・西日本新聞筑豊総局長によると、
畿内説と九州説の研究者がこうしたかたちで同時に登壇するのは
あまりないことだそうです。
高島先生は佐賀県・吉野ヶ里遺跡の発掘調査の陣頭指揮を執ったかたで
飯塚市ご出身。嘉穂高校郷土部OBでいらっしゃいます。
原先生は、大和王権の成立について考える際は考古学的事実や「魏志倭人伝」
だけでなく日本書紀や古事記の読解と考古学の成果を総合的に考えることが必要
だとおっしゃいます。
なぜ神武天皇は東征途上、筑紫の岡水門(おかのみなと)に立ち寄ったのか。
なぜ天孫族は北の高千穂に入ったのか。
その理由を、遠賀川流域を物部氏族および天孫族の原郷とする見方に
ふれながら熱く話されました。
「遠賀川流域は物部氏族と天孫族の原郷」―――。
興味深い説です。
立岩の王墓については、今日はあまり多くの時間はさかれませんdした。
来月には第1回講演会として嶋田光一さん(飯塚市歴史資料館館長)が
「不弥国(ふみこく)の考古学」と題してお話しなさいます。
嶋田さんは嘉穂東高校の郷土部ご出身。
私の先輩であり、部員だった頃にOBとして来られたことをおぼえています。
これは来月も足を運ばなければ。
遠賀川の古代史、なかなかおもしろいですー。
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