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高野公彦歌集『汽水の光』


少年のわが身熱(しんねつ)をかなしむにあんずの花は夜も咲(ひら)きをり

「コスモス」の中心歌人、高野公彦さんが1976(昭和51)年に出した第一歌集

『汽水の光』。

その冒頭歌です。

角川書店の新鋭歌人叢書の一冊として出版されたものです。

著名な歌人の第一歌集はのちに文庫になったり全集に入ったりしますが

今回は1976年に出版されたものを手にする機会に恵まれました。

最近 初版本の魅力を感じています。

作品以外のさまざまなところにも

その時代を感じる情報を見つけ出せるのが良いんです。

いま私の手元にある『汽水の光』は、初版本ではありません。

奥付に 一九七六年三月二十五日 初版  とあって

一九七六年七月二十六日二版 と続いています。

新人の第一歌集が4か月後に重版されたというのは

それだけ反響が大きかったことを示しています。

定価は2,000円。

現在も歌集の価格は2,000円台が多いようですが

40年以上前の2,000円は本として高価であったろうと思われます。

もっとも、これはこの歌集が特別高かったわけではなく、

手元にあるもう一冊の角川書店新人歌人叢書も同じ価格になっています。

解説は、先ごろ亡くなった大岡信さんが執筆。

冒頭の歌について大岡さんは解説の中で

「この歌は高野公彦の歌風をかなり特徴的に予告しているものであることは

たしかである。言葉の続き具合はなだらかだが、中味はじっくり熟成され、

つまり凝っている。」 と述べています。

あとがきによると、高野さんは昭和39年末に「コスモス」に入会。

第一歌集は昭和45年から50年までの約三百七十首と新作数首で編まれました。

「汽水」とは、海水と淡水の混り合った水のことで、河口の水などがそれで

    ある。私の生れた町――愛媛県喜多郡長浜町――は、四国山脈から流れ

    くだってきた河が瀬戸内海にそそぐ、その河口にある小さな町で、私は海と河

    と汽水の明るい光の中で育った。父と母を残し、その町を離れてから十五年

    以上たつが、歌をつくる時は今なほ故郷から懐かしい光が差してくる。海と河

    が接し、混り合ひ、激しくせめぎ合ひ、それでゐて深い静寂を湛へた異質の水

    域――そうした汽水の様態に愛着をかんじて、書名にとった。

あとがきより

      我に妻、妻にみどりごあることの罠のごとしも夜半におもへば

      空にあるひとすぢの道たましひの往くごとく秋の鳥がゆきたり

      我をめぐる最も濃き血、さんさんと漬物樽に塩ふる母よ

      桃買ひて炎天の道かへる母涼しく白し月下のごとく

      みどりごは泣きつつ目ざむひえびえと北半球にあさがほひらき

      着替へする妻の脾腹の白かりしこと朝戸出のひかりにおもふ


 
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