NHK全国短歌大会の思い出
2月21日(日)に今年度のNHK全国短歌大会が放映されましたね。
例年ですと1月に、東京・渋谷のNHKホールに選者と受賞者のかたがたが登壇し、
受賞作品の朗読と選評がおこなわれて
客席では受賞者のご家族や短歌に関心のあるかたがご覧になって
後日そのもようが放送されます。
今年はコロナ禍によりその公開イベントが中止となり
スタジオからの放送でした。
司会は「NHK短歌」でおなじみの星野真里さん。
ゲストは「ぐっさん」こと山口智充さんと光浦靖子さん。
そして選者からは
穂村弘さん、小島なおさん、斉藤斎藤さんがいらっしゃいました。
各選者が選んだ自由題の特選2首、題詠の特選1首から大会賞3首が選ばれます。
大会賞にはならなかったけれど、
福岡県の広瀬建人さんというかたの作品が
3名の選者からの共選として特選になっていました。
オンラインでの授業(講義)を詠んだうたなので
お若いかたなのだと思います。
お三方から選ばれるなんて、すごいですね!
ところで、私はこのNHK全国短歌大会に受賞者として登壇したことがあります。
平成14年度の大会ですが
NHKホールでのイベントは
平成15年(2003年)1月18日(水)に開催されました。
私の記憶が正しければ、
この時が2度目か3度目の応募で、
前年は秀作、
そしてこの年が特選と秀作に選んでいただきました。
私が初めての歌集を出版したのが2005年。
「かりん」入会が2009年ですので
この時はまだた1人でノートにうたを書きつけていただけの頃です。
今思えばおもしろいと思えるできごとがいろいろあったのですが
今日は選者の先生がたの思い出を記します。
特選受賞者として登壇すると
そこには20台の丸テーブルが設置されています。
選者の先生と、その先生が選んだ自由詠の特選2名、題詠の特選1名が
同じテーブルに着席することになっていました。
私は篠弘さんに選んでいただいたのですが
当日の控室で係のかたから
篠弘先生は本日急用で欠席ですと告げられました。
前述したようにその頃の私は短歌の師を持っていませんでしたから
選んでくださった先生と直接短歌のお話をしたり
選評をうかがうことを楽しみにして福岡県の飯塚市から泊まりがけで上京しました。
(事前に係のかたからも選者の先生と同じテーブルでいろいろ話せるとお話がありました)
ですから、篠弘さんにお目にかかれなくて落胆したことは否定できません。
(篠先生とは数年後に九州での短歌大会でお目にかかった折にご挨拶できました)
私たち受賞者3人だけのテーブルは
選者を中心に談笑してある他のテーブルにくらべてさびしさを感じました。
でも、ご事情があったのでしょうからしかたのないことです。
私の選評は、篠弘さんの代わりに
春日井健さんと道浦母都子さんがしてくださいました。
同じうたをおふたかたが秀作に選んでくださっていたからです。
それが次のうたです。
統一(トンイル)という名をもてるおのこらはおおかた五十の坂に近づく
また、この大会では近藤芳美先生が次のうたを秀作に選んでくださいました。
ヨンジャのヨン正しく発音できぬこと胸の深きに沈む恨(ハン)なり
大会が終了して選者のかたがたが控室へと退席なさるとき
私は舞台の隅で近藤芳美先生を待っていました。
その頃短歌の師はいなかった私ですが
朝日新聞の「朝日歌壇」には20代の頃から断続的に投稿していて
近藤芳美先生もよく採ってくださっていたので
ひとことご挨拶を申し上げたかったのです。
羽織袴姿の先生にご挨拶できたのはそれが最初で最後です。
そんな私に声をかけてくださった選者のかたがありました。
春日井建さんです。
「キムさん」と穏やかなやわらかいお声で。
もちろん初対面です。
「キムさんのうた、秀作で採ったけど特選にしようか迷った」と。
わざわざお声をかけてくださったことに感激しました。
その頃春日井健さんは「NHK短歌」(当時は「NHK歌壇」?)に
選者として出演していらしたので
「毎週拝見しております!」とお伝えしました。
その時の表情とお声を今もよく覚えています。
お会いしたのはやはりこれが最初で最後でした。
同じように、「朝日歌壇」の選者でいらした島田修二さんも初対面の私に声をかけてくださいました。
選んでくださった篠弘さんにはお目にかかれなかったけれど
近藤芳美先生と春日井建さん、島田修二さんに初めてお会いして
短い時間であれお話ができたのですから
やはり上京してよかったと思います。
春日井健さんと島田修二さんはその翌年の2004年に、
近藤芳美先生先生は2006年に亡くなりました。
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