田中翠友歌集『ふるさとの駅(ホーム)に立てば』
「かりん」の田中翠友さんの第1歌集が出版されました。
( ながらみ書房 2021年3月20日発行 2,500円+税 )
解説を米川千嘉子さんと影山美智子さんが書いておられます。
あとがきにもありますように
17年前に一人子の息子さんを亡くされたことは
作者とそのうたについて語る時に
重要な意味をもちます。
私は2015年から「かりん」誌で「前月号作品鑑賞」の執筆を担当してまいりました。
今回、田中翠友さんの初めての歌集を拝読すると
折々の「前月号作品鑑賞」で取り上げた作品が何首もあり、
なんだか旧友に会ったようななつかしさを覚えました。
戯れに夫のスリッパ履いてみる解り合えぬは当然のこと
ふるさとの駅(ホーム)に立てばいくつもの自分と別れた私が顕ちぬ
「五月の風は新茶を飲んでる気がするね」胃瘻の母は藤を仰ぎて
もう少しゆったり伸ばしてと病む母に言われつつ読む万葉のうた
黒豆の灰汁いくたびも掬うごと母はわたしを育ててくれし
一心に夜空の闇を駆けのぼりこっぱみじんの恋か花火は
子ども部屋は七段飾りに占められて母と寝るのも楽しき弥生
「ありがとう、いいね、うれしい、ええそうね、おかげさまで」を欠かさぬ母は
寄り添えどやがて離(か)れゆく雲の群れ 母と見送るこの世の時間
在りし日は薄いガラスと思いし友 偲べば真っ赤な一輪の椿
手袋にマフラー帽子マスクして誰だか解らぬわれになりゆく
電話では用件のみの兄なれど逢えばしゃべりぬ一年分を
時折りに「翼をください」口遊みし病臥の息子おもえば切なし
羽広げこの世を終えたるわが息子 青年のまま眩しき翠(みどり)
わが逝きてぞんざいに処分されぬよう亡き子の品々われが手離す
上述したように
これらの作品の中に
これまで私が「かりん」誌に鑑賞文を書いたうたも多くあるのですが
特に最後から二首目の「羽広げ・・・」は
忘れられない一首です。
初めて拝読した折も
そしていま読み返しても
鼻の奥がツンとなって、喉がしめつけられる感覚になります。
作者の胸いっぱいの思いを感じます。
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