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『パチンコ』上・下 (ミン・ジン・リー著)

7歳の時に家族とともにアメリカに移住した韓国系アメリカ人である著者が


ある在日韓国人一家の1989年までの20世紀の物語を


日本統治下の釜山から大阪、東京、長野、横浜、ニューヨークと舞台を広げながら展開する。


上巻・下巻合わせて700ページ近い長編小説です。


著者が最初にこの小説の着想を得たのは


1989年、大学生の時に「在日」をテーマにした特別講義を受けたのがきっかけだったそうです。


それから何十年も断続的に書き続け、


2007年に配偶者の東京転勤により日本に数年間住んだ時期に


在日同胞の人々への取材を重ねた結果、


それまでの草稿を捨てて一から書き直したそうです。


そうして30年近くの歳月を経て2017年にアメリカで出版された小説は


ベストセラーとなり


その年の全米図書賞の候補作になりました。


主に韓国・釜山と日本の大阪・横浜を舞台にした在日同胞の物語は


韓国系アメリカ人作家によって英語で書かれているので


昨年出版された日本語版(文藝春秋 池田真紀子・訳)は


アメリカ文学の棚に並べられています。


ある家族の4世代にわたる物語であり、


中心的に描かれているのは


釜山の沖、影島(ヨンド)で下宿屋を営むフニとヤンじゃの娘、ソンジャです。


ソンジャは釜山の市場で20歳近く年の離れた男性、ハンスト知り合い


恋に落ちて彼の子を宿しますが


彼と結婚することはできず、


牧師のイサクと結婚して身重のからだで日本へやってきます。


イサクの兄夫婦、


ソンジャとイサクの間の二人の息子であるノアとモーザス。


6人での大阪・猪飼野での暮らし。


後にはソンジャの母であるヤンジャも日本へ来てともに暮らします。


『パチンコ』というタイトルですが


遊技業の業界内部をくわしく描くものではありません。


上巻では、パチンコという単語は最後のほうに1回出てくるだけです。


下巻ではノアとモーザスの恋愛や結婚が描かれ


最後のほうではモーザスの息子、ソロモンはアメリカ留学を経て社会人になっています。


そうした家族の一員ではないけれど


家族をつねに見守り、陰にひなたに手助けをする人物がいます。


それがノアの実の父親、ハンスです。




読み終えた今、著者の苦労を思います。


数年間の日本在住期間があったとはいえ、


そして同胞とはいえ


アメリカ人である著者が在日同胞の100年に近い物語を書きとおすことは


どんなにかたいへんだったでしょう。


歴史は書物で学べても


小説は知識だけでは書けない。


4世代にわたる登場人物の心情を書くわけですから。


もし私が在米韓国人の物語を書くとしたら、と想像すると


周囲との日常のこまかいすれ違いを描くたいへんさを思います。



その上で申すならば、


日本語版には違和感を覚える言葉づかいがいくつもありました。


最もしっくりこなかったのは


「在日コリアン」と「コリアン」です。


在日コリアンという言い方は現在よく見聞きしますし


すでに人口に膾炙したものだと思いますが


1945年の太平洋戦争終結直後からこの言葉が使われている。


このことばが在日同胞も日本人も使い始めて雑誌でも用いられるようになったのは


私の記憶では1990年頃。


調べてみると


1960年代以前からこの言葉じたいはあったともいいますが


あったとしても


在日同胞が日常的に使っていたとは思えません。


まして、


在日同胞が自分のことをコリアンと呼ぶなんて。


「僕はコリアンだけど」のように言う人に私は会ったことがないし読んだこともありません。


原著は英語で書かれているのですから「korean」となっているのは当然ですが


日本語に訳すとき、どうしてそこだけそのままになっているのか。


不思議です。


朝鮮人とか、在日ということばも出てきますが


使われている箇所はごくわずかです。




けれども、原著は


著者によると「英語で在日コリア系コミュニティを書いた小説はこれが初めて」とのこと。


大きな意義があります。


しかもベストセラーとなって多くの人に読まれたのですから


アメリカやその他の国々で在日同胞の歴史が知られることに大きな貢献を果たしたと言えるでしょう。


アメリカではドラマ化されることが決定しています。


ドラマのハンスを見てみたいです。










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