園田昭夫歌集『少しだけ苦い』
「かりん」の園田昭夫さんが第一歌集を上梓なさいました。
( 2020年3月1日発行 ながらみ書房 2,500円+税 )
おめでとう存じます。
解説は田村広志さんが書いておられます。
病棟のエレベーターは一階の売店の香りつれて来たりぬ
プーシキンと啄木ともに愛しきていまこそ生意気ざかりのわたし
屋根を葺くブリキ職人の父なれどわが家数カ所雨漏りありき
亡き父の財布の中にわが知らぬ放射線科の診察カード
みじん切りいちょう切りまで学びしが桂剝きにて教室辞めたる
一首目、入院中の病棟にエレベーターが運んでくるものは
人や荷物だけではなく、売店の香りまで運んでくるというのです。
売店の匂いは、今はそこから隔離されている、日常生活の匂いでしょう。
その匂いにおいしそうな食べ物の匂いも混じっていたとしたら
唇の手術を受けるために入院した作者にとっては
いっそうせつないものだったのではないでしょうか。
二首目には、長く政党の専従職員として政治に関わってきた、
そして今も憲法九条を守る運動をしている作者の年月を感じさせるうたです。
故・岩田正先生の次の一首も連想させます。
イブ・モンタンの枯葉愛して三十年妻を愛して三十五年
集中には、岩田先生への挽歌も収められています。
先生ほど九条を愛した人はいない九条歌人岩田正身罷る
三首目、雨漏りというのは、
憂鬱な気持ちにさせるものです
まして父親が屋根を葺く仕事をしているとなると
なおのこと複雑な気持ちになるでしょう。
四首目、歌集には長崎で被爆した伯母のうたがあり、
あとがきには一家の本籍を長崎から千葉市に移した経緯も綴られています。
診察カードを通じて、
父親の苦悩に思いをいたしている場面です。
五首目、作者は政党の仕事を退職したあと、
料理教室に通います。
レッスンの進み具合を野菜の切り方の種類で表したところが良いですね。
桂剝きのあたりで教室へ通わなくなったのは
難易度が高くなってついていくのがたいへんになったからか、
あるいは家庭料理に必要な技量は身についたからか、
または、他の心をたぎらせるものへと向かっていったからでしょうか。