田中穂波歌集『ぬるい水』
<2024年7月24日>
「かりん」の田中穂波さんの第4歌集が出版されました。
( 角川書店 2024年6月12日発行 2,600円+税 )
平成23年からほぼ令和5年までの440首をまとめたとあるあとがきに
「…良いこともそうでないことも短歌という器を借りて
自分の人生の時々の思いを吐露しつつ歩んできたことに
あらためて深い感慨を覚えています。」
と書かれています。
田中穂波さん、ご上梓おめでとう存じます。
井戸屋鋳掛屋たたみ屋かご屋この町の屋号に呼びし人ら絶えたり
特養ホームといふところ怖し人あまたをりて会話のする人をらず
食堂へ行くとき母の車いす迷はず早しわれを置き去る
ホームに母を訪ねて帰る道々の解放感はたれにも言はず
火葬水葬鳥葬風葬おのが死は所詮ひとごといづれでもよし
咳き込んでうつ伏せばやや自己愛に似たる思ひの寄せてくるなり
源氏読む会の和室の春ひざし紫上はまだ二十代
まる一世紀生きたる母よ顔ぢゆうを動かして食む昼食のパン
もうぢきわたしは死ぬんだねえと母言へば深くうなづくこのごろ我は
長い長いつき合ひだつたね遺影胸に会場出づれば桜のふぶく
こんなにも親しかつたか食事後に口紅貸してと不意に言はれて
信用金庫で貰つた団扇使つてたあの頃はまだ元気だつた母
どうしよう考へてゐるうち時間経ち日の経ち老人になつてしまつた
今度遭つたら必ず殺す キッチンのうしろに入つていつたゴキブリ
いまの世にわれは不可思議のものなるか蝦蟇口持つて買物に行く
病死自死事故死はたまた野垂れ死にもう間に合はぬわれの情死は
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