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たった一つの表情を

  • momosaran
  • 2016年10月2日
  • 読了時間: 2分

きのう「かりん」10月号が届きました。

今号では「かりんの本棚」の執筆を担当しました。

これは歌集以外(歌書など)の書評欄で、「時評」「今月のスポット」

といった欄と同じく一頁を使って掲載されます。

この欄を担当するのは、以前『短歌練習帳』(高野公彦著)について

書いて以来2度目です。

今回は『一首のものがたり』(加古陽治著・東京新聞)。

東京新聞の記者であり、ご自身も歌を詠む著者が、

一首の背景を探り、一つ二つ補助線を引くことで

読者の想像力の及ばないところまで見られたら

もっと深く豊かな歌の世界に出会えるのではないか、

そう考えて取材を始めたそうです。

取り上げられている有名無名の二十七首の中で

私が今回最も紙面を割いたのは小野茂樹の代表歌です。

     あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ

青春の名歌としてつとに知られているこの一首の

「数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情」については

様々な解釈がなされてきました。その背景をこの書物で初めて知り、

単なる青春の回想ではないことがわかりました。

小野は高校時代の恋人と卒業後に別れます。

彼女が職場で出会った男性と結婚することになったのです。

その八年後、小野が自らの結婚を報告する為に訪問したのを機に

二人は密かに会うようになります。

後に小野が「どうしても結婚しよう」と迫り、彼女は二児を残して家を出ます。

「あの夏の」のうたができたのは、再び会い始めた頃。

いま目の前にいる思い人はすでに妻で、昔の恋人と同じではありません。

けれども、あの夏の恋人の「数かぎりなき」表情は、

いつも自分のほうを見ている「たつた一つの表情」だった。

小野は、あの時と同じように自分だけを愛してみつめることを

求めたのではないか、と著者は推測します。

二人はお互いの離婚成立後に正式に夫婦となって一児に恵まれますが

交通事故により小野は三十三歳で他界します。

四年の結婚生活でした。


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