『游魚』ー 九十代の第一歌集
今月の中旬、同じ日に二冊の歌集が届きました。
ご恵送くださったのは「かりん」の阿部康夫さんと佐藤善二さん。
おふたかたにお目にかかったことはありませんが
「かりん」誌の「前月号鑑賞」欄を執筆した際に
佐藤善二さんの作品を取り上げたことがあります。
おふたりとも旧満州にあった満州建国大学に在学なさっていた由、
まあ奇遇にも、と思ったら、先輩後輩の間柄でいらして
佐藤さんは阿部さんの勧めで「かりん」に入会されたのだそうです。
阿部康男さんが上梓されたのは第二歌集の『夢とどかず』。
旅や亡き奥様のことを多く詠んでいらっしゃいます。
そして佐藤善二さんの『游魚』は初めての歌集です。
あとがきによれば、佐藤さんは八十四歳で短歌を始めたのだとか。
大正14年(1925年)生まれ、九十代のかたの第一歌集なのです。
歌集出版の動機についてはこう記されています。
「歌歴の浅い私がなぜ急いで歌集を編むのかと言いますと、(略)
この世に生きたあかしを残さんとすれば、正に今しかないと思ったからです。」
集中には、佐藤さんと同じように八十歳を過ぎても
新しいことに挑戦する奥様も登場します。
老いを詠みながらも、今を生きる、読後感が爽やかな一冊です。
勲四等勲章得たる弟は代々の家潰して逝けり
パソコンを習はんと言ひて八十を過ぎたる妻は朝早く出る
あの庭で蟋蟀きいて熟れたるか 今宵食後に故郷の柿食ふ
コンビニの二割引きなる札貼つた弁当置いて妻はでかけぬ
うつすらとまなこを閉じて鏡みるおのれの死顔盗み見るごと
佐藤善二 『游魚』