伊良部喜代子歌集『夏至南風』
「かりん」の伊良部喜代子さんの第二歌集です。
(ながらみ書房 2017年6月25日発行 税別2,500円)
数年前、「かりん」の全国大会でお声をかけてくださったのをきっかけとして
お手紙のやりとりも始まりました。
あとがきによると夏至南風とは伊良部さんの故郷、沖縄の言葉で
夏至の頃に吹く強い南風のことだそうです。
地域によって「カーツーバイ」「カーチーベー」など呼び方が違うのだとか。
天の泣けば吾の心もしぐるるをわれが哭きても静かなる天
笑うことの少なき暮らし北国の曇天のごとき貌してわれは
「ウブヤマトゥ」と憧れ呼びし日本を見ずに逝きたる祖母の幸い
軍事基地に深く侵蝕されながらなぜに明るいわが沖縄は
知りたがり屋の青ブダイはぎょろ目して何だなんだと人に寄りくる
しらしらと明るき冥府あるというわが生れし島の真砂の下に
飛行機雲二本並びて伸びゆけり 分かり合えなくていいんだ人は
三時間に一本の電車通るのみの集落ありて落ち葉ふりつむ
天も裂けよ地も砕けよと轟ける太鼓打たるるために生まれき
古き良き日本とぞ言う古き良き日本に絶えざる戦の歴史
一首目。呆然とした孤独感を感じます。
二首目。以前、結婚して宮崎県から福岡のここ筑豊にみえたかたが
「筑豊の冬は曇りばかりで気持ちも沈んでしまう。宮崎は冬でも青空なのに。」
とおっしゃったのを思い出します。故郷の沖縄を離れて東北地方に住む作者には
その風土の違いはさらに大きいものでしょう。
三首目。「ウブヤマトゥ」=大いなる日本と注がつけられています。
四首目。沖縄を離れて故郷をいつも思う作者ならではの感慨もあることでしょう。
五首目。青ブダイは魚の名前。
辞書によると体長90cmになるベラ科の魚で青色をしており
前頭部がこぶのように突き出ているそうです。
食用になるけれど内臓に強い毒素を含み、しばしば食中毒も起きるとのこと。
六首目。故郷沖縄の死生観をあらわすうた。
しらべも、シとアが繰り返され、ラ行音も響いて、
冥府をうたいながらどこか明るく透明感があります。
八首目。近年、限界集落ということばが聞かれるようになりました。
結句に、高齢のかたがたがひっそりと暮らすようすを思い浮かべます。
歌集のあとがきには次のような印象深いことばが綴られています。
私の故郷では人があまりに驚いたり、つらい思いをすると、
魂が肉体から抜け落ちてしまうと言われています。
そうなった時は落とした魂を探しあて、元通り体に戻してやらなくては
なりません。最近、短歌を作るという行為は、魂の在り処を探し求める
ことに似ていると思うようになりました。