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中村仁彦歌集『ユアトーン』

「コスモス」(コスモス短歌会)の中村仁彦(なかむら・きみひこ)さんの

第1歌集が上梓されました。

(柊書房 2020年5月30日発行 2,300円+税)

心よりお祝い申し上げます。

中村さんとは10年近く前、仕事を通じて知り合いました。

当時私は団体の職員で、

外部の会議に出席した折に中村さんとお話しする機会があり、

短歌をなさっていることを知りました。

仕事の席で、うたを詠むかたに出会うのは初めてだったので

嬉しくなりました。

それから、いくつかのパーティー会場でお目にかかった時には

短歌のお話をしました。

中村さんは当時、福岡商工会議所の高い職位にあられたのですが

近寄りがたい感じのかたではなく

お目にかかるといつも

昔からの歌友のように短歌のお話をいたしました。

穏やかな笑顔が印象的でした。

2015年、事務所の閉鎖に伴って私はその職を離れましたが

中村さんとは、

短歌の世界でまたお会いできました。

2017年、宗像大社短歌大会の実行委員になった折、

実行委員会をとりまとめられたのが中村さんでした。

2018年、福岡短歌フェスタの初開催のとき、

私は実行委員のひとりで

当日の歌会(3会場に分かれて開催)の司会も担いました。

その歌会に中村さんも参加してくださっていました。

2019年の短歌フェスタ福岡では私は選者をつとめましたが

中村さんはその年の短歌フェスタ実行委員会の核として動かれました。

他にもいろいろな短歌の集まりでごいっしょになりました。

「コスモス」福岡支部会報で作品を拝読する機会もいただきました。

中村さんも、その頃はお仕事をリタイアなさっていたのです。

歌集名となったユアトーンとは

あとがきによれば

「声を失った私の喉の震えを声にしてくれる10センチほどの器械」。

歌集の帯文は「コスモス」の高野公彦さんが書いておられますので

ご紹介いたします。

・・・・・・・・・・・・・・・

自分の携わる仕事にときおり疑念を持ちながら、

その疑念に打ち勝って仕事に励む<気力の人>、

それが中村仁彦氏である。

また、週末には陶芸などで心を遊ばせる<余裕の人>でもある。

中村氏の短歌は、そうした人間の複雑で豊かな内面を見事にえがき出している。

そして、突如襲って来た不運に対しても強い気力で立ち向かい、

作品世界はいっそう深みを増し、読む者を力づけてくれる。

高野公彦

・・・・・・・・・・・・・・・・

では、『ユアトーン』からご紹介します。

 不時着の飛行機のごとく地に落ちて命を終へる大おにやんま

 言ひ訳を常に用意し仕事する我の卑怯をわれが見てをり

 根回しは役所の仕事二階から九階までを三回めぐる

 ひとり言(ご)つわれの言葉を聞かぬやう部下は煙草を吸ひに出てゆく

 最後まで頑張る人よ定年の部長は今日も檄を飛ばしぬ

 ふみつぶし踏み潰しつつ椎の実の白き中身をこの世に晒す

 母よりも先に逝くこと告げに来し妹を送る八十六の母

 政治資金パーティーの少なき食べ物に動員されしわれも群がる

 ネクタイとノーネクタイの割合が日々に変はりぬ五月の会議

 入院とともに辞表を受理されてわれの晩年不意に始まる

 抜ける前に短くせむと刈り込めば桜咲く日のあたまが寒い

 「アヒルさんみたい」三歳はわが声をわづかに聞いて受話器を離す

 耳澄まし妻が聞きくれるわが言(こと)の「はい」は「愛」にも聞こえてゐるか

付箋をたくさんつけた歌集です。

あまり人には見せたくないような<われ>の心のすがたも

しっかり見つめてうたにしておられます。

コロナ禍のさなかでのご上梓となりましたが

こういう時世だからこそ

働くことと自分の生き方について

立ち止まって思いを巡らしているかたも多いのではないでしょうか。

そうしたかたがたの心に特に響く歌集であろうと存じます。

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