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「令和」と万葉集と筑豊


昨年度、飯塚市歴史資料館が月に一度、

一年間開催した「館長講座」。

嶋田光一館長が筑豊の古代についてお話しになりました。

この館長講座が2019年度もおこなわれるということで

今月、第1回目がありました。

今年度は中世以降の筑豊について語られる予定とお聞きしておりましたが

うかがってみると

第1回目のテーマは

「山上憶良が来た頃の嘉麻・穂波 ―大宰府と嘉麻・穂波の関係―」。

これはもちろん、明日5月1日からの新元号「令和」にちなんだもの。

「令和」の典拠となったのが

「万葉集」の「梅花の歌三十二首 併せて序」の序文だということは

みなさまご存じのとおりです。

「梅花の歌」が詠まれた「梅花の宴」を開いた

大宰帥、大伴旅人と山上憶良がたいへん関係が深いことも

ご承知だと思います。

そして「梅花の宴」にも参加していた山上憶良は

筑豊ともゆかりが深いのです。

「万葉集」に収録されている、

中西進先生が「嘉摩三部作」と名づけられた作品を

嘉摩郡(かまのこおり)、現在の嘉麻市で撰定しています。

筑前国守として国内巡視のため嘉麻の郡家に滞在中のことで

大伴旅人に「日本挽歌」を贈ったのと同じ日付(神亀5年7月21日)になっています。

今月の講座では筑紫歌壇や大伴旅人のことが中心でしたので

山上憶良が来た頃の嘉麻・穂波は

次回にお聴きできるということです。


 
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